文章学校 体験談 Archive

文章学校[体験談] ~ 【3D文章ゼミ】2




  ■F・Kさん(20代 女性)
離れた場所にいるのに、ずいぶんと痒いところに手が届く。
と、いうのが今回遠隔参加してみての一番の感想です。遠隔参加ですので、村松先生に講評をしていただけます。
これが驚く程、痒いところにピンポイントに手が届きます。書き上げた文に、何かもやもやと理由はわからないけれど納得のいかない部分があったのですが、講評をいただいてすっきり! です。それどころか、自分では気づかなかった新たな痒みポイントを、ここが痒いんじゃないですか、とばかりにするするとスマートに引き出して教えて下さる。とても感動しました。
また、他の人の書かれた文章を読める、コメントを書き込めて、他の方のコメントまで読める、と贅沢な環境。これは当初、恥ずかしながら、それほど重要と思っていなかったのですが、実際にはとても勉強になりました。同じテーマから、様々な文章が生み出される。わたしの思いもよらない話を書かれる方が多くいることに驚きました。ずいぶんわたしの視野は狭かったようです。
それから、他の方のコメントを読んで、自分がいかに他の人の文章を読みとれていないかを痛感しました。書くことの前に読むことも下手だったのです。
そのため、他の方はわたしの書く文に、勉強になるコメントを下さるにもかかわらず、わたしの方からは曖昧でなあなあな感想しかコメント出来ませんでした。それが心残りです。
是非、次回も参加して、諸々リベンジを図りたいと思います。

  ■Y.Tさん(40代 女性)
一度ゼミに参加したいとは思っていたのですが、テーマを見ても何も思い浮かばず、あきらめていました。しかし、今回のテーマは「貧乏」。うーん、これなら書けるかしれない……。と思って参加を決めました。遠隔参加の人に「辛口ですよ」などと言っているコメントを見ていたので、どんなにきついことを言われるのだろうと内心ドキドキしていました。でも、傷つくようなことを言われることもなく、書き方についていろいろなアドバイスをいただいて、とても感謝しています。
それから皆さんが書かれた文章を読んで、ああ、こんな書き方もあるんだなあと楽しませていただきました。私にはできない発想で書かれた文章が多く、勉強になりました。書く時に、本当と嘘の割合をどうしたらよいのかで悩んだのですが、皆さんに聞いてみると人それぞれなのですね。様々な角度から物事を見て文章を書くということを教わりましたが、まだまだ私には難しいです。


文章学校[体験談] ~ 【3D文章ゼミ】1

 ■Mさん(男性)
初参加でしたが、自分の文章の足りないところが明確になり、〈如何にして読者に伝えるか〉と言う、やるべき課題がはっきりしました。
ただ、ちょっと失敗したところは、もう少し他の方の作品に対して疑問をぶつけても良かったかなと。あまり意見や質問を出す方がいなかったので、遠慮してしまいました。空気を読もうとしすぎて、肩に力が入って動けなかったのが悔やまれます。
あと、時間が短いと思いました。 時間の使い方も課題の一つと反省しつつ、次回参加の時はもう少しアクティヴに行きます。

  ■N.Yさん(昭和30年代生まれ 男性)
ゼミにかかわることで、読者の目と言うものを意識するようになりました。
ゼミでは、自分の作品のみならず他人の作品を読んで批評するというプロセスが入ります。そこで、他人の作品を読んでいると、「ああ、こういう風に人は読むのか」と気付く事が多々あります。意味の分からないところでは、ああ作者は分かっているけど、自分にはわからない、同じようなことを自分もしているなぁと反省する事が多いのです。読者と作者の両岸を行ったり来たりしている自分がそこにはいるのだと思います。
そして、当日村松先生の話で それまで持っていたいろんな謎が解け、また自分の目がどの程度正しいのか、読者の心をどこまで分かっているのか、自分のコメントはピントはずれではなかったのか等が少し理解できた気になります。そして、先生の批評を聞いていると、自分の気付かなかった作品の本質が浮き上がってきて驚かされます。
一回のゼミが終わると、机の上には眼から落ちた鱗が山積みになっています。魚河岸みたいです。 そして、最後は打ち上げ。いろんなことを心おきなく話す事ができます。ゼミのときに聞けなかった事をこっそり聞くのが楽しみだったりします。

  ■R.Sさん(40代 女性)
今回で計三回の参加となります。すべて遠隔参加です。
遠隔の場合、ゼミが終わった後で村松先生に講評を書いていただく事になります。これがなかなか貴重です。まず「辛口ですよ」と最初に警告されるのですが、やはりとても鋭いというか、痛いところを突かれます。普段批評などしてもらえる機会のない私にとっては、けっこう身に堪えるものでした。そうした批評の中でも納得のいかない部分があり、掲示板で質問をしたところ、丁寧な回答を返してくださいました。それでもやもやした気持ちもすっきりと解消することができました。
また、他の方々の作品を読むのも楽しみです。一つの「題」にそって制限文字数内で書くのですが、書かれる方の個性によって、全く異なる世界が展開されています。ホラーやナンセンス、または純文学的な香りのするものまで実に様々です。枠にとらわれない発想や、不可思議ワールド、また甘酸っぱい青春のかけら等々、毎回驚きながらもそれぞれの世界を堪能しています。そうした書き手の方々から自分の作品に対する感想や批評をいただくわけなので、参考にならないわけがない。私自身は他の方が書かれた文章に対して、スパンと突っ込んだ批評ができず、なんというか申し訳ないのですが…
ネットによって自分の文章を発表することはいくらでもできるのですが、文章そのものに対する批評をもらえるケースは稀でしょう。だからこそ本当に貴重な機会ではなかろうかと思います。

  ■D.Cさん(男性)
JR目白駅の改札を出て広場を左手に向かうと、交番の先、ゆるく左へカーブしながら下へと向かう階段がある。大通りから薄暗い路地へと、石段を踏みしめて進む。暗闇に浮かぶampmの看板を右に曲がって少し行ったところが村松ビル。階段の手すりに貼られた案内は、「↑文章ゼミ、4階」。
何度、このビルに通ったことだろう。初参加は文章ゼミ・シーズン1の第3回から。今から4年も前になる。たしか、あの日も自分は時間に遅れて部屋に入った。一斉に視線を浴びるだろうと躊躇しながらドアを開ける。しかし、期待は裏切られた。部屋には真剣な面持ちの男女10人以上。熱気と静寂が包む部屋に、ただ、村松さんが語る声。メルマガ、著書同様に語られる真髄。一言一句聞き漏らすまいと必死なのだ。
ゼミの作品執筆の作業は孤独だ。書く動機も目的も書き方もそれぞれに違う。「神」が降りてくるのを待って無我の境地で書き上げる者。緻密な設計の上に小説を組み立てる者。とにかく、自分の分身を吐き出そうと悶え苦しむ者。ひとつのテーマに沿って書き上げられたオムニバスに触れられる、参加できること自体、とても価値ある経験のひとつだ。
そして、その孤独な作業を反省し、ねぎらい、語り合う、生ゼミ当日は貴重な機会だ。物書きには変人が多い。(かなりまともなほうだと思う自分も含めて。)村松さんからの直接指導をいただけることはもちろんのこと、打ち上げでの交流も自分を磨く大切な時間だ。
常設ではない。祭として気まぐれに立ち上がっては中断を繰り返す陽炎のようなゼミ。夢幻のようなこのゼミは、文章修行だけでなく、人生修行の場なのだと信じている。

  ■K.Sさん(男性)
今回の目白ゼミは、目の絵をメモしました。焦点と読者の脳裏の説明です。焦点がぶれるとボヤケて映るというお話です。他、メモによると、谷岡やすじ、消失点、つねると痛い、宇宙梅干、など書いてますね。
講評の合間に色々話をされるのですが、興味深いお話が多いです。そのメモがこれです。今回も収穫ありました。
遠隔の人は個人的に丁寧に講評されるのが良いところですが、目白は他の人の講評が見れるのが良いところ。
飲み会は盛り上がり、しかし、途中から眠くなりウトウトしてしまう。熱い議論を聞き逃す。文章の話ではなかったようですが。
しかし、この飲み会は楽し。自由な開放された気分になります。皆さん、自分の素直な個性をだしまくりの飲み会は、とっても気軽に発言できて極楽でした。

文章学校[体験談] ~ 文章カウンセリング(3)

【ブレイクスルーに鳥肌が立つほど…】

Kさん(ビジネス・カウンセラー 29歳 関西)

今回私はメールでの文章カウンセリングを受けました。
以前から本(秘伝3部作)やメルマガを読んでは、 村松さんの文章に対する考えや思いに感銘を受けていたので、 カウンセリングを受けることにためらいはありませんでした。

今回受けたカウンセリングの内容は、私が販売している商品の説明文に関してです。
自分の文章が成長する様をこんなに目の当たりにしたのは、人生で本当に初めての体験でした。

なにが違うかって、アドバイスをもとに書き改めた文章を見ると、もう、スゴイうれしさがこみ上げてくるのです。
それは、なんともいえないよろこびです。

カウンセリングを受けようと考えている人で、自分の文章を検討していない人なんていないと思います。ここはこうしたらいいのかな?ああしよう?やっぱりここは省いて...

それでも完成した文章は、なんとなくスッキリしない。
良いのか悪いのかすら分からない。いや悪くない気もするんだけど...
どこかスパイスを入れ忘れたカレーを作った気分です。

でも村松さんは、そこをズバッと言ってくれるんです。

これが足りない、なぜそう思ったのか、だったらどう考えるのか。
本人に考えさせるアドバイスの根本ですが、その導きの過程が本当に素晴らしい!

アドバイスを消化するには時間がかかりましたが、これは本当に楽しくて、鳥肌が立つような喜びでした。
自分がカラを破るだろう予感と、その道のりにいるのだという高揚感。
実際に文章を書いている方にはきっと分かっていただけると思います。

はじめにカウンセリング結果を受け取った時、ドキドキしました。
読んですぐ、“すごい!これでいいものが書ける!!”と感じました。
それと同時に、なんだかとっても混乱しました。
変化の時に混乱するは当然のこと、と自分に言い聞かせて少し時間を置きました。
次に、プリントアウトして線を引いたり書き出したりして整理してみました。

私はひらめいたパーツごとに書いてあとでつなげていくタイプなので、今回もそのようにしました。何度アドバイスを読み返したか分かりません。

あちらをいじり、こちらをいじりしているうち、すばらしいアイディアが浮かび、ブレイクスルーした時には「きたっっ!」と小躍りして喜んじゃいました。
ほんとにそんな感じでした。

こんなに自分の文章の成長を感じられる価値あるカウンセリングは、ほかでは味わえないものだと思います。

間違いなく、自分の文章がかわるきっかけになります。強くオススメ!

・・・あぁ、でもあんまり村松先生が忙しくなったら値段が上がっちゃうかも・・・。
●Kさんはプロのカウンセラーです。カウンセラーのカウンセリングをするというようなことが最近増えてきました。
やはり、プロはアドバイスを費用以上の実利に変える力があるし、カウンセリングという目に見えないものの値打ちがわかるのだと思います。商品の説明文ははっきりとよくなったので、効果があるといいなあ。とりあえず、喜んでもらってよかったです。(村松)

文章学校[体験談] ~ 文章カウンセリング(2)

【アドバイスに従ったら原稿依頼が】

Nさん (医師 34歳 東北)

出版関係者との付き合い方についての悩みなどをメルマガの質問に二度も送ってしまったところ、あまりに特殊で個人的であるから悩みが深いならカウンセリングの適応であるとカウンセリングの案内が来ました。それこそ悩みが深かったので迷わずメールでのカウンセリングを受けることを選びました。
カウンセリングで質問したのはこの1年ブログを書いてきたことへの自分への疑問についてと、出版関係者との付き合い方についてでした。
1週間待ってメールが返ってきました。せっかくのアドバイスですのでワードに落としてプリントアウトしたらA4、6枚にもなっていました。具体的には毎日書いているブログの書く目的があれこれ混在し、かつ書く範囲が広すぎる、コラムとだらだら日記が混在していて筆者像を読者がつかめないという指摘がもっとも印象深かったように思います。(もしかしたら膨大な量のブログに目を通して下さったのかも知れません)そのアドバイスに従って私は1年間毎日複数回つけていたブログの記事のほとんどを削除しました。そして同じURLで過去ログでも、自分の専門と趣味の中の限定した分野の考察記事に絞って、それらを推敲したものを1000字コラムとして毎日UPするということをしていきました。
すると、数日して以前交流のあった雑誌編集者の人から原稿依頼のメールが舞い込みました。なんとなく今まではブログがあまりにもだらだらなので、声をかけにくかったのだということでした。もしあのままだらだらしたブログを書き続けていたら彼女から声がかかることは決してなかったでしょうし、いかにペンネームとはいえ、自分のイメージを落として行ったことでしょう。
また、出版関係者との付き合いの件に関しては、書く事のせいでおかしな人に付け込まれたという悩みもあり、それに対しては相手が悪かったというお返事で安心しました。それで、これからも書き続けていくという決意をしました。
カウンセリングでいただいたアドバイスはまだすべては実践できていないのですが、これからも少しずつ自分の文章がかっこよく楽しくなるように、そして書く仕事につながるように生かしていきたいです。
●Nさんは、毎日かなりの量の原稿をネット上のあちこちにアップしていました。いわゆるウェブ依存的な傾向がやや見られました。原稿はかなり玉石混淆で、しかも、多様多方向なので、著者像が絞れません。そこでブログごとにはっきりと性格付けをして、日記、日常雑記的なものと、専門的なコラム・エッセイは分けたほうがいいということを中心に、いくつかのアドバイスをしました。
Nさんは、かなり思い切りよくそのことを実行し、ログを大幅に削ってブログの内容をすっきりさせました。
その数日後、雑誌編集者から依頼があったという連絡を受けました。
カウンセリング内容をすぐに行動に移したことが、具体的な成果をもたらしました。(村松)

文章学校[体験談] ~ 文章カウンセリング

【目から鱗、コロンブスの卵】

楠木新さん (会社員/評論家 50歳 関西)

私は、関西での勤務の傍ら「組織に一定期間以上在籍した後に転進して、次のステップで『いい顔』をされている方」に長時間のインタビューをしています。
例えば、NHKの記者から落語家に転じた方もおられれば、鉄鋼会社から蕎麦屋を開業された方等等。また転進先も、起業、コンサル、資格で独立、NPOなどさまざまです。総数で約150名、うち転進した方はおよそ90名にご協力いただきました。
私の中では50名を越えたあたりから化学反応といいますか、何か全体感が手の内に入ったような感覚が出たので、昨年の秋口から発信に取組み始めました。
人事・労務雑誌に寄稿、ラジオでインタビューを発信、ブログを毎日書き、この4月には、自ら「キャリアチェンジ研究会」を立ち上げました。
 今後は、組織で働いている方に「これしかない」ではなくて「それもあるかも」を感じていただく、もう少し大きく言えば、「働かせる側が働き方を決めるのではなくて、働く側が働き方を選択する仕組み」の推進に貢献したいと思っています。
自分としては、50歳にしてやっとライフワークを見つけたつもりでいますが、その思いや内容を上手く伝えることは、一筋縄ではいきません。同時に自分自身を売ることの必要性も感じています。 このため出版することで対応していくつもりです。過去に自分の経験を中心に書いて本を出したことはありますが、今回のような多人数のインタビューをどのように料理していくかについてはアレコレ考えながら悩んでいました。
そういう中で村松先生の文章上達カウンセリングを受けました。

自分なりに得心のいくことが多くありました。
特に、「ひとつにまとめようとするのではなくて、テーマをいくつかに分けてシンプルに整理して企画書を何枚か書いていけばよい。本は少しスカスカくらいのほうが、読みやすくて売れることも多い」とのアドバイスは、まさに目から鱗、コロンブスの卵でした。
 情報が多いだけに、考えていることを一つに詰め込もうとして無理をしていた自分に気がつきました。たとえば、「こころの定年」、「中年からのライフワークの見つけ方」、「50歳からのセカンドキャリア」、「転進のプロセス研究」「転進者の共通姿勢」「良い転進、悪い転進」「転進と年齢」など少し違った角度の受け皿を作ってシンプルに盛り込んだほうが自分にすんなり入ってくることに気がつきました。
 
また26年間のサラリーマン生活で染み付いているのか、言葉の使い方をもう少し柔らかくというか、わかり易くすることについても具体的な指摘をいただきました。
例えば、
『「自意識の基準はひとつ=インテグレイト」「やるべきこと、やりたいこと、やっていることの同心円の重なりが大きい」』
の表現について、「下の部分をメインに持ってくるべきだ。」
 確かに人事労務雑誌という性格もあって硬い表現をそのまま使っています。
そういう目で見ると、気になる言葉がいくつか出てきました。
この他にも出版社に売り込む際の「企画書」のフォームや書き方のポイント、プロフィールの要点についても指導いただきました。

今回のカウンセリングで企画書作りに着手できる具体的ヒントをいただいたと大変喜んでいます。
村松先生どうもありがとうございました。
近年中には作品として世に出していきますので少々お待ちください。

<追伸>
(村松先生の「秘伝」を読み、質問状を送ったことを契機に文章カウンセリングを受けました。そもそもこのメルマガを知ったのは、「秘伝」でも余り評判の良くない自費出版の相談会を覗いた時にお土産に「文書王」を貰ったことがきっかけでした。そういう意味では助け舟をくれた慈悲出版を高く評価しています。)
●楠木さんは、「こころの定年」評論家という新しいジャンルでたくさんの方を自主的に取材なさっています。そのフットワークの軽さそのタフな行動力には脱帽しました。この日も、カウンセリングを含めていくつかの用件をこなすために関西から上京していらっしゃいました。
たくさんの素材を一冊の本に詰め込もうと汲々としていたので、切り口別に、6冊も7冊も本が書けますし、そうしたほうがむしろ、わかりやすく受け入れられやすいでしょう、ということを中心にお話ししました。(村松)

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