創作する人のための文章学校-クラス専用掲示板

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#1 2019-12-11 11:23:16

でんでら
メンバー
登録日: 2018-01-11
投稿: 334

きよいあさあけて リライト

きよいあさあけて】

今日の日曜学校の出席者は、私と、牧師先生とその奥さんの達子先生、二人の一人娘のさっちゃん、あとはお手伝いの嶋田先生の五人だった。普段はそこに青木三姉妹が加わるけれども、青木家は家族みんなで燕岳に登るために欠席していた。
日曜学校は礼拝堂の真上にある二階の和室で毎週日曜日の朝九時からやっていた。部屋に入って左奥に人の背丈の二倍ほどある木製の三連引き戸があった。私は戸を横に引いた。戸はがらがらと大きな音を立てた。転落防止の柵の向うに、白い漆喰の壁と黒い梁が見えた。講壇が見下ろせて、講壇の隣の小さな丸テーブルの上に置かれている花瓶に婦人会の人たちがすすきを活けていた。私が通っていた教会はプロテスタントだから、豪奢なステンドグラスも白亜のキリスト像もない。

「ちゃこー。引き戸を閉めてー」
達子先生が私を呼んだ。お腹が出ている牧師先生がよいしょと、言いながら着座する。
私は引き戸を閉めて席についた。牧師先生が引き戸の前に、右回りに達子先生、嶋田先生、さっちゃん、私の順番で座った。
私たちは達子先生の伴奏に合わせて「きよいあさあけて」を歌った。それから名刺サイズに印刷された「みことばカード」を一枚ずつもらい「みことばカード帳」に糊で貼りつけた。
私たちは、イエス様が道を歩きながら二人のお弟子と話しているカードを貼った。
さっちゃんは、糊をつけながら運動会で組体操をやりたくない、と言った。松本市のすべての小学校は小学校五年生から組体操をやる。私は小学校六年生で身長が一六〇センチと、大柄だったので、ピラミッドや三重塔の土台担当だった。いっぽう、ひとつ年下のさっちゃんは一四〇センチと小柄だった。昨年の運動会では、五重の塔のてっぺんから男の子が転落した。先生がキャッチしたから事なきを得たけれども、あの風景はきっとさっちゃんを含むちびっこたちに大きな恐怖を与えただろうと思う。
私は大柄な体格を与えてくれた神さまに感謝しながら、カードの隅に「九月二日」と書きこんだ。

「――今日はイエス様が復活したお話をします」
お手伝いの嶋田先生が、良く通る声で絵本を読みだした。嶋田先生は教会のすぐ近くにある信州大学の付属病院で精神科医をしている男の先生だ。私のお父さんや牧師先生と同じ年に生まれていると言っていたから、今年四三歳になる。
私とさっちゃんはA4サイズの薄いノートを閉じると、嶋田先生の方へ向かって体育座りをした。
それは二年前の――一人で公園にいるところをさっちゃんに声をかけられたイースターの日から――くり返し聞かされてきた話だった。イエス様が十字架の上で死んで、三日目によみがえり弟子たちの所へ現れるという話で、今日はイエス様の復活を疑った弟子の一人トマスの話だった。トマスがイエス様に証拠を見せないと信じないと言ったので、イエス様は釘で開いた手のひらの穴を見せた。
「――お母さんがね」
嶋田先生が絵本を閉じると同時に私は言った。
「はい、お母さんが」
嶋田先生が微笑んだ。嶋田先生のひげもじゃの顔がくしゃっとなる。
「人間が復活するわけないでしょ、って言ってた。こんな風に」
私は、煙草を口に加えてふーっ、と煙を吐く真似をした。
「ほう、するわけないと言った。誰に向かって言ったのですか」
「私」
「ちゃこちゃんに、言ったのですか」
「うん。四月のイースターのあと、家で話したらそう言われた」
「ちゃこちゃんはどう思いますか」
嶋田先生は穏やかに言った。
「復活していると思う」
私は即答した。
「それなのに、していないとお母さんに怒られてしまったんですね。ちゃこちゃんは。それは悲しかったですね」
部屋がしん、とした。

その後、私たちは縣(あがた)の森へ出かけることになった。牧師先生と達子先生は礼拝の準備があるので教会に残っていた。嶋田先生は信徒さんに呼びとめられていたので、二人で先に出発した。
縣の森は、第二駐車場まである大きな公園だ。公園内のヒマラヤ杉の並木道を歩きながら、ケードロをやりたいと言ったのはさっちゃんだった。私が並木道沿いのベンチで運動靴の紐を直していると信徒の宮田さんが足早にこちらに向かって歩いてきた。
宮田さんは礼拝の始まるきっかり一時間前に教会へくる五〇代のおじさんだった。嶋田先生が主催する患者の会に所属していると言っていた。かみの毛を七三に分けて、一年中、白いシャツにサスペンダーをつけた黒いズボンをはき、長方形のビジネスバックを肩から掛けて来る。
「君たちはこれから公園で遊ぶの」
宮田さんが無表情のまま、声をかけてきた。
私は突然のことに、靴紐をそのままにして立ち上がった。いつもの宮田さんは、すれ違っても無言で頭をさげるだけだった。
「気をつけて!」
宮田さんが自分の口にひとさし指をあてた。
私とさっちゃんは顔を見合わせた。宮田さんは怪訝そうな顔つきであたりを見渡した。そのまま私の背後を指さして「あっ」と小さな叫び声をあげた。 
そして、私にぐいぐいと顔を近づけてきた。宮田さんの口からもれる消毒くさい息が鼻にかかった。私は思わずさっちゃんをひきよせた。さっちゃんの細い体はぬるくなった湯たんぽのように、仄かに温かった。
「後ろの駐車場に車が止まっているでしょう」
確かにそこには一台の白いクラウンが止まっていた。私とさっちゃんは頷いた。
「あれは君たちを監視しているから気をつけて」
「えーっ。誰も乗っていないよ」
とさっちゃんが大きな声で言った。私は黙っていた。
宮田さんはさっちゃんの返事を聞くと段々と険しい顔つきになっていった。そして顔を少し赤らめながら耳をふさぐと教会のほうへ歩いて行った。
私はもう一度しっかりと白いクラウンを見た。中には誰も乗っていなかった。
「ちゃこちゃんたち、どうしたの」
後から教会を出た嶋田先生が走ってきた。
「宮田さんが、誰かかがあそこから私たちを監視しているっていうの」
さっちゃんが白いクラウンを指さして言った。
「でも車の中には誰もいないよ。宮田さんって変な人だね」
私はそういうと、さっちゃんと二人で「ねー」っと声を合わせた。
「ちゃこちゃんたち」
嶋田先生の目がとても厳しい目になった。
「宮田さんは嘘つきではありません。ちゃんと宮田さんのお話しを聞いてあげてください」
いつもはどこを見ているのかわからない嶋田先生の視線が私の眼をしっかりととらえていた。
「――たとえ二人には見えなくても、宮田さんが見えると言っているのだから、見えているのです。人の話を聴く――いや、信じるとはそういうことです」
私の口の中に誤って山椒の実を食べてしまったときのように、ぴりっとした痛みが広がった。それがずんずん心の奥にまで下りてくるような気がした。
「――嶋田先生、今、いいかしら」
達子先生が怯えた表情の宮田さんを連れてきた。
「ああ――はいはい。宮田さん辛そうですね。もしかして、お隣のお家の人から攻撃を受けていますか」
宮田さんは青ざめた顔で何度もうなづいた。
「急いで宮田さんを助けてくれる人の所へ行かないといけませんね。薬は飲んでいますか……ああ、飲まないのはいけないですね……」
嶋田先生は、宮田さんと一緒に教会のある方向へ歩いて行った。
「ちゃこー、さっちゃんー。行くよー」
達子先生が私たちを呼んだ。
私とさっちゃんは手を繋いでブランコのある方へ向かって走った。

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