創作する人のための文章学校-クラス専用掲示板

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#1 2020-03-27 01:03:33

でんでら
メンバー
登録日: 2018-01-11
投稿: 334

ライフ・イズ・ビューティフル!【第二話 鳩の王】

僕はM24SWSを構えた。レミントン・アームズ社製のボルトアクション狙撃銃だ。もちろんモデルガン。お父さんと秋葉原へ出かけたときに買ってもらった。中古で一七〇〇〇円した。それでも安い方だ。
構えた、とはいうもののお父さんが勤める工場の中は、昼間でも薄暗くて僕の目にはほとんど何も映らない。僕は夜盲症を患っていて、薄暗いところに入ると何も見えなくなってしまうのだ。
お父さんは製鉄工場の工場長をしている。工場は松本市の西の端にある工場団地の中にあって、総面積約二〇〇〇ヘクタール。僕の通う盲学校の体育館の四倍の広さ。工場全体は西から東にのびる長方形をしていて、西側には加工前のロール状になった盤線が積まれている。直径一メートル、幅五メートルの横長の盤線は土管みたいに見える(らしい)。天井には盤線を運ぶレールが二本ついている。東側には盤線を溶かすための炉が六つ、その横に盤線を加工する大型機械が一台置かれている。
工場内は鉄のくずで埃っぽい。三月、二週目の土曜日とはいえども、松本市はまだまだ冬が終わらない。外は梅のつぼみの上に雪がちらちらと舞い下りている。でも工場の中は、炉が動いているおかげで春の始まりのように温かい。土日の工場は炉と一部の機械のみ稼動しているだけでほとんどの機械は動いておらず、勤務しているのはお父さんともう一人の工員の人だけだった。

「敵は十二時の方向!」
お父さんが言った。僕は真正面に銃を構えた。十二時の方向へ銃を構える。
そしてお父さんが僕の腕を六十度上げた。
「撃て―!」
ぱーん。BB弾が勢いよく銃口から飛び出す音が聞こえた。
鳥のはばたく音が聞こえた。
「当たった?」
僕はお父さんに言った。
「外れた」
お父さんは淡々と言った。
「こいつ、僕が障がい者だからってバカにしているんだ、僕がかけている遮光眼鏡を見て、あいつ変態サングラスをかけている、とかって思っているんだ!そのうち、炉の中に入れてジビエにしてやるからな!」
「鳩はそこまで考えていないって」
お父さんが言った。
「お父さんもちゃんと狙ってよ!おとうさんは俺よりも目が良いんだからしっかりやってよ!健常者だろっ」
「うるさい」
お父さんがキレた。
鳩は「安全第一」と書かれた梁の所に停まった(とお父さんが言った)それから僕らをあざ笑うように、くるっぽー、と一声泣いた。
ぜってー、ジビエにしてやる。僕は決意した。

僕とお父さんはこのごろ工場に住みついた鳩を退治するため工場に来ていた。鳩は二匹のつがいらしく、朝、工場のシャッターが開くと同時に入場してくるらしい。
「オリンピックで飛ばす鳩のように、すーっと入ってきて梁にとまるぞ」
とお父さんは言った。
ところがこいつらは、工場の至るところでふんを落とす。製品の上におとされてしまうと出荷ができなくなる。
お父さんはパンの中に毒餌を入れて床に置いてみた。ところが鳩は毒餌のみ残してパンを食べてしまう。これでは餌付けしているのと変わらない。
次に爆竹を鳴らしてみた。二匹は一瞬驚いて逃げるもののしばらくすると戻ってくる。リンゴ畑で鳥を追い払うのと同じだ。
そこで僕の出動となったのだ。ライフル狙撃銃ならきっと撃退できるはず。
しかし僕のスナイパーとしての腕はまだまだらしく(いや、お父さんのガイドが下手なせいだ)、僕はしぶしぶお父さんに狙撃銃を渡した。
僕はアイパットを赤外線使用の画面にした。お父さんの姿を映し、その先にいる鳩の姿をアイパットでとらえた。二匹寄りそって微動だにしない。さあ、お前らにおれたちを撃てるのか?と挑発している敵兵のように見える。
お父さんが左側にいる鳩を撃った。
「当たった!」
お父さんが叫んだ。
鳩は玉が当たったにも関わらず、梁から落ちてこない。平然としていた。
「あー、だめかあ」
僕とお父さんの声が盤線を作る機械音に吸いこまれていく。
「工場長」
背後から声をかけられた。
「丸山さん」
お父さんが振り向いて言った。丸山さんは工場に勤めて三〇年になる。今年六五歳。大学生の頃、柔道で国体に出て四位になっている。
「この頃のBB弾は痛くないようにできているんだよ」
丸山さんの声の渋くて低い。
「そうみたいですね」
どうしようかなあ、とお父さんが困ったよう言った。
「これですよ、これが一番だ」
丸山さんはそう言うと、機械の側にあった立脚式のモーター式電燈にスイッチを入れた。
辺りは昼間のように明るくなって、油浸みがいっぱいついた作業着を着ている丸山さんの姿が見えた。
丸山さんは作業着のポケットから木でできた道具を取り出した。
それは僕の手のひらとよりもひとまわり大きくて、Y字の形をしていた。Y字のてっぺんにゴムひもが張ってあり、弾とゴム紐を一緒にひっぱって、弾を飛ばす仕組みになっていた。
「あ、知っている」
僕は思わず声をあげた。
アニメの「トムとジェリー」で見たことがある。
「スリングショットと言うんだ」
丸山さんの言い方は少しもったいぶったように聞こえた。
「パチンコね。何かっこつけているんですか」
お父さんが呆れたような顔で言った。
丸山さんはお父さんの突っ込みには何も答えず、片目をつむってた。
左側の鳩に狙いを定めている。
僕はアイパットを鳩のほうへむけた。画面の中の鳩は少しだけ首をかたむける。まるで「何をしているんですか?」といった風に。
ぱーん。
工場にゴムのはじける音が響いた。
「あ!」
僕とお父さんは同時に叫んだ。
鳩がいた場所には羽が数枚、宙に舞っていた。鳩は梁から二・三メートル真下に落ちて羽をばたつかせていた。
「すげえっ」
僕はアイパットの画面ごしに叫んだ。
「いやあ、一発でしたね」
お父さんがほめると同時に、丸山さんが鳩の向かって歩きだした。
「なんだ、まだ生きてるのか」
丸山さんがちっ、と舌打ちをすると鳩を足でけった。
「炉に放り込んでおくわぁ」
「いやいやいや、ちょっとまって、丸山さん」
お父さんが慌てて止めに入った。
「それはあんまりですよ」
「そうかい?」
丸山さんは少しも悪びれないふうに言った。それから僕の顔を見た。
「やめとくわ。で、どうするだい」
「まあ、とりあえず外に出して置きます」
「あー、のら猫の餌にするだね」
「はっきり言わないで、丸山さん」
お父さんが慌てていた。
「なんでえ。それが自然の掟ってもんだわ」
そうこうしているうちに撃たれた鳩は起き上がり、ひょこひょこと歩き出した。時々羽をばたつかせ、シャッターのほうへ向かうと工場の裏手へ出て行った。
「もう一羽の鳩はどこ?」
僕が言うと、お父さんは僕の手を引きながらそこらへんにいるんじゃないか、と言った。

僕は工場の斜め向かいに立つ事務所に入った。
二階建てのコンクリート製の建物で、一階は事務室と小さな会議室件食事スペース、二階は夜勤の人が休む休憩所がある。
僕は会議室でお父さんとコンビニ弁当を食べていた。お母さんは13時まで保育園の給食室で働いている。そろそろ終わるころだろう。

くるっぽー。
どこかで鳩が鳴いた。
(あいつ、元気になったんだ)
僕はそう思いながらおにぎりを食べた。ペットボトルの三ツ矢サイダーのふたをひねって、ぽん、と小さな音を立てた時だった。
「うわー」
僕の向かい側に座っていたお父さんが叫んだ。
ばん、と背後のガラス窓に何かがあたる衝撃音がした。一羽の鳩が窓に向かって体当たりをしてきた。
僕とお父さんは、驚いて南側の窓べに立った。
ぶつかってきた鳩は二・三メートル先の隣の桐山製作所の屋根にとまった。そこから、再びグライダーを描いて窓に体当たりしてきた。
「復讐だ!鳩の復讐だ」
お父さんがすこし泣きそうな顔で僕に言った。
「丸山さんにパチンコを借りてくる」
僕は席を立った。
「だめだ。一人で工場へいくのは危ない」
「僕は撃ちたい!」
「そのうちこなくなるよ。何度も体当たりしていたら、鳩も体が持たないよ」
お父さんはそう言って、コンパネを運ぶために外へ出て行った。フォークリフトを使って移動するのだ。
僕は暇になってしまったので、会議室の横の階段を上がった。二階の工員さんたちの休憩所へ行く。 
そこにはたくさんのDVDが置いてあって、自由に見ていいことになっていた。
「ジョン・ウィック」のDVDをセットした時だった。
「うわ、なんだよ!もう!」
一階の会議室からお父さんの怒る声が聞こえてきた。
慌てて一階へ下りていってみると、お父さんが簡易湯沸かし器の側で、タオルを濡らし、頭をごしごし拭いていた。
「どうしたの」
僕がそばに寄って行くとお父さんがまた泣きそうな顔で答えた。
「鳩がふんをおとしてくるんだよっ」
あー、もー、と文句を言いながらお父さんは、使用済みのタオルをごみ箱に投げ捨てた。それから、湯沸かし器の上に備え付けられた棚から新しいタオルを取り出した。流しの中でゆすぐとゆるく絞って再びごしごしと拭いた。
「――やっつけようよ」
僕はお父さんに言った。鳩は執念深く復讐の機会をねらっている。
ぐるっぽー。また鳩が鳴く声が外から聞こえてきた。
「めんどくさいな」
お父さんは耳に水が入ってしまったらしく、何度も頭をふっていた。
「そのうち、いなくなるよ」
そう言ってお父さんは外へでた。けれどもすぐに戻ってきた。
「どうしたの」
僕はお父さんの泣き顔が伝染してきて、泣きそうになった。
「鳩が仲間を呼んできた」
お父さんが壁に掛けてある安全ヘルメットをかぶった。
「なんでヘルメットをかぶるの」
僕は慌てて聞いた。
「襲われたら困るからだ」
お父さんが言った。
僕はヒチコックという人が作った白黒映画の話を思いだした。鳩が人を襲う怖い映画があるらしい。盲学校先生が話していたのを聞いたことがある。
「家に帰れるの」
僕の心臓が全速力で走った時のように早く鳴る。
「帰れる」
お父さんがきっぱりと言い切った。
「かどうかわからん」
お父さんがまたきっぱりと言い切った。
「えーっ。早く丸山さんを呼んできて。やっつけて」
僕は言った。
「丸山さんは十三時から昼休みだ。さっき外に出ていった。きっと、丸山さんでは勝てないから俺に八つ当たりしているんだろな」
「鳩ってそんなに頭がいいの」
「しらねーよ」
なぜかお父さんに怒られた。事務所の窓がばん、と鳴った。また鳩が窓に体当たりをしてきたのだ。
僕は南側の事務所の窓に顔をつけた。やっぱり隣の桐山製作所にとまった。製作所のひさしには十数匹の鳩が一列に並んでいた。
「どこから仲間を呼んできたんだ?北側の公園からか?」
お父さんが独り言のようにつぶやいた。会社の北側には四方をヒマラヤ杉に囲まれた公園がある。公園の西側にはSL機関車が設置されていて、僕も時々だけど、小さいころ遊んだことがある。
「もしかしたらあの鳩のつがいは斥候だったのか?」
「斥候」
僕は聞きかえした。
「仲間が工場内で冬をしのげるか偵察していたのかもしれない」
おとうさんはそう言うと北側の窓へ移動し、再び外を見た。
「ここで人間が負けたら、鳩に工場をのっとられるかもしれないな」
そ言うと、お父さんはタオルを出した棚を開けた。タオルの隣には、袋に入った大量のわりばしがあった。
お父さんはわりばしを割った。割ったわりばしをYの字に組立てて、ゴムを張った。
「お父さん、僕にも打たせて!」
僕はお父さんの手からパチンコをもぎ取ろうとした。
「やめとけって。たぶん当たらないから」
「やりたい!」
「だめだ。めんどくさいから部屋の中にいろ」
お父さんはそういうと、なぜか安全ヘルメットの顎紐をぎゅっと絞り直し、はっ、と大きく息を吐いた。
「……鳩、怖いんだよなあ……」
「えっ。怖いの」
僕も怖くなってきた。
「昔、神社で餌をあげたんだ。そうしたら一斉に鳩が群がってきた。怖くなって餌を地面に撒いたけど、数匹はまだもらえると思って、参道から遠く離れた場所まで追いかけてくるんだよ。あのしつこさったらもう……」
僕はお父さんが昔に思いをはせて遠い目になった隙に、パチンコをもぎ取った。
「追いかけられたくらいで怖がるの」
僕はそう言うと事務所から駐車場へ飛び出した。
事務所の北側は広い駐車場になっている。従業員の車が十台と、三トントラックが一台止まってもまだゆとりがある。駐車場の東側に工場が建っていた。
桐山製作所のほうから飛んで来たらしい鳩が一羽、事務所の二階の屋根にとまった。
僕はパチンコを構えた。今日は雪が舞って薄暗いものの、このくらいの明るさなら見える。
と言いたいところだが、黄色の遮光眼鏡のせいで少し視界が悪い。僕は陽ざしが目に悪いと聞いてから、遮光眼鏡をかけるようになった。主に晴れている日に、と言うことだったけどいちいち付け替えるのが面倒で、曇りの日も遮光眼鏡をかけている。
僕は会社のまわりに植わっている木の根元に走ってゆき、石を拾った。そして駐車場の真ん中に立ち鳩にめがけてパチンコを打った。鳩はびくともしない。
「あー。もう」
僕はもう一度、木の根元へ走って石を手のひらに収まる分だけ拾い集めた。見ると、根元には鳩の羽がたくさん落ちていた。
お父さんが「ふんをひっかけられるぞ!」と言って出てきた。
「おとうさん、鳩の羽がいっぱい落ちてるよ」
僕は大声で叫んだ。
「あー、猫がくわえていったんろうなあ……」
「ここ、猫もいるの」
「いるよ。冬になると炉の側で暖をとってる」
僕とお父さんが、駐車場の真ん中に戻って屋根を見上げた時だった。
事務所の屋根の奥のほうから鳩が一斉に現れた。十匹ほどの鳩が軒先に舞い下りる。
僕は少しわくわくした。
僕はもう一回、パチンコを打った。けれども全く当たらない。なんだか、運動会の玉入れで全く球がかごに入らない感じと似ていて、くやしくなってきた。
「早く事務所に入ってろって」
お父さんが呆れたように言った時だった。
鳩が一匹僕の方へ向かって緩やかなカーブを描きながら下りてきた。
それに追従するように三羽の鳩が下りてくる。
「うわ」
僕は顔面に突っ込んできた鳩を手で追い払った。だけど、鳩は追い払っても逃げることなく僕の肩や頭に乗り続けて、つつこうとしてきた。鳩が羽ばたくと猫のオシッコみたいな臭いがする。つつかれたのが原因で、鳥インフルエンザになったらどうしよう、と思うと恐怖が増した。僕が歩く先に鳩は回り込み攻撃をしかけてくる。
「お父さーん!」
僕は頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
ぱーん。
ゴムがはじける音がした。耳元で鳩の羽ばたく音がした。
見ると、お父さんが僕の落としたパチンコを握っていた。
そのままお父さんは僕の頭の上にとまっていた鳩を打った。羽根がちらつく雪と同じ速度で舞っていくのが見えた。
お父さんはそのまま、事務所の屋根のほうにパチンコを向けた。僕はお父さんの背中に走って回り込み、屋根を見上げた。
残った鳩が順に胸を打たれていく。ある鳩はそのまま飛び立ち姿を消し、ある鳩は屋根から落ちてひょこひょこ体を動かしながら逃げていった。
「あれ、石がない」
お父さんが足元を見て言った。
「取ってくる」
僕が走り出そうとした時だった。
最後の一匹が大きく羽を開いた。しまった、攻撃の体制に入ったぞ、と僕とお父さんは顔を見合わせた。
鳩はそのまま羽ばたかせるとこちらへ向かって飛んできた。
「うわー」
僕は頭を抱えた。
「大丈夫だ」
お父さんがそういうので、顔をあげてみると鳩は僕らを通り越して公園のほうへ消えていった。
「――あれ、つがいの片方かな」
「知らねえよ」
お父さんはヘルメットを脱ぐと、ばかばかしい、とでも言いそうな顔をしてフォークリフトの運転席についた。
「二階でDVDでも見てろー」
お父さんはそういうなり、乱暴にフォークリフトを走らせた。


映画もそろそろ終わりにさしかかったころだった。丸山さんが二階にあがってきた。
「ちょっとおいで」
僕は誘われるまま、外へ出た。
お父さんが工場の入り口のシャッターの前で立ち尽くしていた。
入口のシャッターの下りてくる軒先に十匹ほどの鳩が一列に並んでいた。
そのまん中に真っ白な鳩が一匹止っていた。
「え、反撃にきたの」
「違うね」
丸山さんが二・三メートル先にいるお父さんに向かって、工場長ーっと大きな声で叫んだ。
「大丈夫だから、そのまま歩いて」
「襲われないかなーっ」
お父さんが大声で答えた。
「大丈夫、大丈夫」
丸山さんが言った。お父さんは少し小走りで工場の中に入った。
「ほんとうだ、大丈夫だ」
僕は丸山さんの顔を見上げた。
「白いのは突然変異だろうな」
「えっ、白い鳩ってオリンピックで見たことあるよ」
「人工的に飼育されているなら、足にタグがついているはずだ」
「へえ」
僕は白い鳩を見た。そういえば僕の目の病気も遺伝子病だけれども、親族で発病している人がいない。たぶん突然変異――孤発型じゃないかと、病院からは言われている。僕は少し白い鳩に親近感を覚えた。
「普通白い動物は自然界で生きていくのが難しいだよ」
僕はどきりとした。僕も人間として生まれてこなかったら、あっという間に死んでしまうのだろうか。
「僕の目の病気も突然変異です」
丸山さんと僕の間にちょっとぴりっとした空気が流れた気がした。
「僕も自然界に反しているのかなあ」
丸山さんはポケットに手を入れながら、ふらふらと体を動かし始めた。
「――そりゃあ、人間と自然を切り離して考えているな」
「どういうこと」
僕は丸山さんを見上げた。丸山さんは唇の端をわずかに上げた。
「俺も小さいころは病気がちでしょっちゅう同じことを考えた。でも大きくなるにつれて、人間は自然の一部だってわかっただよ」
僕は丸山さんのなぞなぞの答えがいっこうにわからず黙っていた。
「――つまりな、鳩には縄張り意識や仲間意識が強いという習性があるように、人間は人間を助る習性があるってことだだ。だから体が弱くとも生きていけるどう」
丸山さんは顔を僕にぐいっと近づけると、顔で白い鳩を見ろ、と合図した。
「あの白いのは、きっと鳩の女王だぞ」
「へえ、本当?」
僕はなんとなく嬉しかった。
「――うそかも」
丸山さんはそういうと大声で笑った。
「どっちみち、工場長は死闘を繰り広げた結果、鳩たちに王として認められたんだよ。きっと」
「本当?」
「うそかも」
丸山さんはまたげらげらと笑った。僕は少しむっとした。

その日を境に、鳩が工場へ侵入してくることはなくなったらしい。
丸山さんの言う通り、お父さんは鳩の王になったのだ。

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